2009年09月10日

空手を習う前の子供の遊び

私の手元に、友人から頂いた儀間真謹先生(1896〜1989)の「温故知新 空手と私」と題する昭和53年の講演議事録のコピーがあります。

儀間先生は、船越義珍先生の助手として、講道館で演武されたことでも有名です。
私の師である久保田先生とも親しくされていました。

この講演の中に、昔の沖縄において「空手を習う前の子供の遊び」が紹介されていて、非常に興味深い内容となっています。

タイトルだけ紹介しておきます。
1:クーガートーエー
2:片足戦闘
3:チブルサーエー
4:シマ
5:オーエー
6:ミーマーラーク

posted by 桧垣源之助 at 17:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月07日

稽古 いろいろ

最近、人数が増えたので、もう少し広い場所に移動しようと考えています。

この間、勢いあまって鏡を割ってしまったし・・・・・


琉球古武道をやるために、稽古時間を1時間増やしました。

場所は屋外なので、思いっきり振ることができます。

空手と琉球古武道は、やはり両方やらないとね。


先の技術も教えなければならないけれど、新しい人にも対応しなければならない。

時間配分が、むずかしい・・・・・・・


次の久場セミナーに向けて、予習もしなければならない。


いろいろ・・・・・・・・・・・・・・・あるなぁ。
posted by 桧垣源之助 at 00:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

日子流護身術

fc0909-1.jpg

今月号のフルコンタクトカラテの表紙は、あの田中光四郎先生でした。

「田中光四郎の新境地 新流派創設 日子流の輝き」とあります。

日子流という名称は知らなくても、アフガンの侍の田中光四郎先生は知っている人もいるでしょう。

今年5月初旬に、ある武道の大会で久々に田中先生と会ったときに、名刺を渡されました。

そこには「日子流護身術 宗師 田中光四郎」と書かれていました。

反対に、「なぜここに?」

今までに何度も田中先生と会っていますが、私が空手をすることを田中先生は知りません。

普段の私は、空手や武道の話をしませんからね。

「ええ、ちょっと・・・・・・・空手をちょっとやっていましたので、・・・・・・」

少し痩せられたようだが、食道癌の手術をしたとのことでした。

それでも、おでこの頭突きダコは健在でした。


記事には、小太刀による稽古で、試し切りが掲載されていました。

試し切りは、私も以前に散々やらされた経験があります。

周に1回は、2時間の稽古の間、切りっぱなしでした。

あれは、数切らなければダメですね。

今度合ったときには、日子流について聞いてみようと思っています。

posted by 桧垣源之助 at 16:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

隠されていた空手が13,900円に

ついにプレミアつきましたぁ!

13,900円だそうです。

posted by 桧垣源之助 at 09:19| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

隠れ武士が語る沖縄空手と修行観

パソコンのデータを整理していたら、随分前にどこかに書いた文書が出てきました。

**********

月刊空手道(2005年10月号)の特集に「隠れ武士が語る沖縄空手と修行観」がありました。非常に興味深く読ませていただきました。
名を伏せてと言う条件でA氏が、顔を隠したかたちで出ています。未だに沖縄では、この手の話を公開することは、タブーであるのでしょう。

幾つか、目に付いたところをピックアップしてみます。

1:首里手でも近い間合いで戦えなければならない。

2:相手の衣服を掴むなど、相手を引きつけながら、突くことで威力が倍層する。これ
は相手を固定し、打撃を効かせやすくする効果がある。

3:打撃を効かせる腰使い

4:硬いものばかりでなく、蚊帳などの軟らかく、手応えのないものを突き、当波を養う。

5:正しい姿勢と正中心を保ちながら、肩や腰、膝の向き、足首などが一致するように意識して突く。

6:当てる部位によって、最大効果を発揮するように、握りも変えなければならない。

7:小指から握りこみ、突くように裏拳を行う。

8:姿勢が正しくなければ、チルが鍛ええられない。

9:呼吸を一致させることにより全身のチルが連動し、結果的に一つのなり、大きな力を出すことができる。

10:鼻から吸う時に引き、吐く時に突く。

11:上級者となったら呼吸を隠す。

12:拳頭に全体重が乗るようにして打つ。

13:受けは受けにあらず。

14:自分の正中線を守るように肘打ちをするように受ければ、相手の攻撃を潰すことができる。

15:受けたらすぐに掴みへと変化させ、次の攻防へと移ることが大切。

16:ナイハンチの分解を用いて、相手の右腕を掴んで折り、取り押さえた。

17:今日よりも明日、明日より明後日と、自らを鍛え。


上記のものは、私のところと非常に似ていると思われます。
posted by 桧垣源之助 at 19:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

ナイハンチ二段の分解?

沖縄県指定無形文化財空手道保持者である沖縄小林流空手道宮平勝哉先生のところのナイハンチ二段の分解らしきものが写っています。

http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=507466

うちのとそっくりです。
posted by 桧垣源之助 at 12:16| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

スーパーリンペーは3分の1

剛柔流のスーパーリンペーは、壱百零八(108)という意味である。

北京読みだと、イーバイリンパーとなる。

剛柔流の型のスーパーリンペーには、36の手しかないそうだ。

108分の36は、3分の1である。

要するに、不完全なカタチで伝承されたという説がある。

「沖縄空手の真実」という本の156ページに、以下の記述があった。

「スーパーリンペーはべチューリン(百歩連)とも呼ばれる。もともとは羅漢拳や白鶴拳の型であり、かつては上、中、下の3つの型で構成されていた。現在よく知られているスーパーリンペーは上であり、剛の型で構成されている。残る2つの型も国際沖縄剛柔流空手道連盟の東恩納盛男師範によって、すでに発掘されており、発表がまたれる。」

本当かね・・・・・・・・・・・・
posted by 桧垣源之助 at 21:28| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月12日

沖縄空手の真実

「沖縄空手の真実」という本が出版されました。




私の本の分解を補足する部分がありました。

P35 新里勝彦(松林流)の発言

「ピンアン初段(本土では二段)もね、最初のところは受けと構えに見えますが実際は、前方の手が攻め技で、後方の手が受けとなっていて攻防の同時技となっているのです」

やっぱりね♪


でも、この人の動画では、前手で受けてますが・・・・・・

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2543231


松林流の分解
http://www.youtube.com/watch?v=S_dx8mKtE6o&feature=related

ここでも前手で受けています。

posted by 桧垣源之助 at 22:16| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

あ〜ぁ、言っちゃったよ・・・・・・・

月刊空手道7月号75ページ

金城裕門下の三谷先生の記事。

・形競技と割り切る

「競技で勝つためには、格闘とは正反対の居付いた形でなければならない」

中略

「形競技とはとういうものだと、割り切って指導することが大切で、そこで独自の武術理論を展開するようでは、形競技でチームを勝たせることはできない」

**********

まぁ、事実でしょうね。

私も基本的には、同じ意見です。

ストップアンドゴーを繰り返す形の演武は、実用になりにくいと思っています。

あれは通過点であって、最終目的地ではないのです。
posted by 桧垣源之助 at 14:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

沖縄伝統空手 「手」Tiyの変容 2

『沖縄伝統空手 「手」Tiyの変容』という本をやっと読み終わった。

この本の内容紹介には次のように書いてある。(以下amazonから引用)

月刊空手道に連載されている『さまよへる「手」』を、一冊にまとめました。空手は沖縄が発祥の地として知られるが、本土に空手を伝えた沖縄の初期の空手家達は「本土には型は教えても手は教えるな」とのお互いの密約があったため、形だけの空手が伝わり本物の空手が日本に伝わってないとする日本本土空手界の疑問に、沖縄首里手の名門が真正面から捉えて、その本質を明らかにしたもの。沖縄伝統空手十カ条を進言。沖縄伝統空手「手」Tiyに対する理解の一助になります。
(引用終わり)

私の著書「隠されていた空手」に対する、沖縄からの返答のつもりで書いた本らしいのですが、

まったく答えにはなっていませんでした。

前編に渡って、突っ込みどころ満載で、重複をなくすと、ページ数は半分くらいになると思います。

校正もされていない、酷い本です。

時間の無駄でした。

1:琉球の中世戦国時代は素手で戦っていた。
2:第一次禁武政策により、刀剣弓矢を徴収して公庫に収めさせた。
3:空手は投げ技、関節技がなく、本土武道の輸入である。
4:空手は一子相伝で伝わってきた。
5:現在はカキダミシは犯罪になりかねないが、沖縄伝統空手は型、古武道、カキダミシのみを行なうこと。
6:後屈立ちは、対柔道用に編み出された。
7:フルコンルールは、カキダミシそのもの。
8:安里安恒(1827-1903)は、1914年に沖縄の武技について述べている。
9:師は一人のみで、他の先生には習わない。

他にも突っ込みどころ満載です。

私の本の趣旨は、「型の意味は何か」ですが、この本には、「空手には突き蹴りしかない」と掛かれており、「投げ技や関節技は本土武道の影響」と説明されていました。

この著者は、糸洲十訓に「取手」と書かれていることを知らないのでしょう。
posted by 桧垣源之助 at 21:20| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

月刊空手道

今月号の山根流と上地流の特集はいいですね。




posted by 桧垣源之助 at 17:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

チョコレート・ファイター

「マッハ!」の監督が、女の子を主人公にした映画を制作したらしいです。

「チョコレート・ファイター」
http://www.chocolatefighter.com/

見るべし!

posted by 桧垣源之助 at 01:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

武士猿



ブサーザールー。格闘技ファンにとっては伝説の男である空手道開拓者の一代記。琉球新報での連載時から、沖縄では大変な話題となった。アウトローで一途な「男の生き様」を描いた伝記でもある。

廃藩置県後の沖縄。本部朝基は、琉球王家の三男として育った。幼い頃から長兄に「猿」とからかわれていた朝基は、王家に伝わる一子相伝の御殿手を習う兄に勝つため、手を始める。糸州安恒、松茂良興作などに手ほどきを受けながら、辻に立ち「掛け試し」を重ねる朝基。棒の使い手、女武士、巨漢の力士、示現流剣術の使い手らとの試合を通じ、朝基は手の本質に気がつき、腕を上げていく。一方で、大和世になってから沖縄武士、沖縄人が誇りと自信を喪失しつつあるということにも気づく。他流試合に対する批判を内外から受けながらも、唐手の実力を示すことで沖縄武士の誇りを取り戻そうと決意する朝基。日露戦争後、事業に行き詰まった朝基は、出稼ぎのため大阪へ乗り込む。目の当たりにしたのは、普及のため骨抜きになった唐手だった。手の本質を伝えるべく、大阪から東京へ、朝基の挑戦が始まる・・・。

*********

買って読んでみよう。
posted by 桧垣源之助 at 21:25| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月18日

型が変化していく理由

昨日の久場先生のセミナーの後の懇親会で、某先生が「自分の会の剛柔流は、型のこの部分をこう変えてしまった」ということを聞きました。

まさしく、久場先生がセミナーで、「この動作は受けではありません。こういう攻撃技です」といっていたところ。

某先生の会派は、動作の解釈を受けとしたために、受けやすいように動作の軌道が変わってしまったとのことでした。

分解が公開されていれば、そのような改変は確実に防げたでしょう。
posted by 桧垣源之助 at 09:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

沖縄伝統空手「手」Tiyの変容

『沖縄伝統空手 「手」Tiyの変容』という本を手に入れた。



この本の内容紹介には次のように書いてある。(以下amazonから引用)
月刊空手道に連載されている『さまよへる「手」』を、一冊にまとめました。空手は沖縄が発祥の地として知られるが、本土に空手を伝えた沖縄の初期の空手家達は「本土には型は教えても手は教えるな」とのお互いの密約があったため、形だけの空手が伝わり本物の空手が日本に伝わってないとする日本本土空手界の疑問に、沖縄首里手の名門が真正面から捉えて、その本質を明らかにしたもの。沖縄伝統空手十カ条を進言。沖縄伝統空手「手」Tiyに対する理解の一助になります。
(引用終わり)

要するに、私の著書「隠されていた空手」に対する、沖縄からの返答のつもりで書いた本なのでしょう。


さっそく読んで見たが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

510ページの本だが、わずか50ページ読んだだけで、読むのがいやになってしまった。

矛盾だらけ・・・・・・・・・・・・・・・・・

この本によれば、「空手に投げ技、逆技などが入ったのは、柔道の影響であって、もともとは、突きと蹴り以外、空手の技にはなかったということであり、摑まれれば、空手はなす術はなく、柔道にはかなわない」と書かれてあります。

私の知り合いが、この本の著者に直接会って著書の問題点をしたところ、「投げ等については、恐らく他の人からも批判をされたようで、「糸洲十訓」にも書いてあることから、ご承知いただきました。」ということでした。
posted by 桧垣源之助 at 11:56| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

空手道紹山会を発足

本日、「空手道紹山会」を発足しました。

今まで指導してきた組織が塾長の破門により解散することになったので、

引き続き継続したいという主なメンバーに集まっていただいて、新たな団体をつくることになりました。

名称のとおり、久保田紹山師伝の空手を稽古する会です。

午後、都内某所で新しい団体の運営について、会議を行ないました。

まぁ、決めることがいっぱい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

皆さんに活発に意見をだしていただき、大枠ができました。

新たな気持ちで、稽古です。
posted by 桧垣源之助 at 18:14| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月03日

透明な力

最近、大東流の佐川先生の本「透明な力」を友人からもらい、読みました。

いいこというなぁ・・・・・・・・・・

以下、佐川語録

演武をよく行なう武術があるが、そうすると見せるために余計なところに力を入れなくてはならなくなる。

打つ方だって、肩の力を抜いて打っては見栄えがしなくなるから、どうしても力が入ってしまう。

そうすると、それが癖になって自分でやるときもどうしても力が入ってしまう。

演武をやる流派は、どうしても格好良くする方に気をとられ力が入ってしまう。

そして見栄えのするように、観客に受けるようにという方向にいってしまう。

だから武術の本質と離れてしまう。

やはり、ああいうものはやるべきではないね。

武術は、本来命のやりとり、真剣勝負なのだ。

生きるか死ぬかの問題なのだ。

人に見せるためのものではないのだ。

武術は自分ひとりの修行なのだ。

人に見せて感心してもらおうというのが目的ではないし、そんなことでは本当に上達はしないのだ。
posted by 桧垣源之助 at 18:31| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月02日

白紙でなければ、絵が書けない

世の中には、素直でない人間もいる。

そういう人は、自我を捨てきれないのだ。

教えようとしても自我が邪魔をして、習得できないことが多い。

しかし、本人は習ったのだから、自分は出来ていると勘違いする。

そういう人は、白紙でなければ、絵は書けないことを知らないのだ。

絵の上に違う絵を描いても、それは誰の目にも絵とは写らないだろう・・・・・・・
posted by 桧垣源之助 at 12:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

新潟セミナー終了

無事に、新潟セミナーが終わりました。

参加していただきました皆様に感謝です。

朝、9時に弟子2人をつれて、車で新潟へ。

3時間で到着。

お昼を食べて、会場へ。

前回同様、集まっていただいた方のレベルが高く、ほとんどがご自分で道場をひらいている先生方ばかりで、緊張します。

本日のテーマは、半月と燕飛です。

全体のレベルが高い分、難しい分解もスムースで、予定通りに進行ができました。

帰りは、富山からのメンバーと長岡駅前でお茶をしながら、しばし歓談。

それにしても、新潟は異常な小雪でびっくりしました。

今年は米ができないかも・・・・・・・・・・・・
posted by 桧垣源之助 at 19:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月03日

唐手→空手

「空手」の文字を最初に使ったのは、花城長茂と言われています。

Wokipediaには

明治38年(1905年)、沖縄県立第一中学校(現・首里高等学校)で唐手の指導を行う。また、この年の8月、「空手組手」という組手研究に関する文章を記し、「空手」の文字をはじめて使用した。これは、船越義珍が唐手を空手に改名するよりも、30年ほど前のことである。

と書かれています。

ただ、公開された文書ではなく、覚書のようなものです。

また、「30年ほど前」の意味は、昭和10年の「空手道教範」のことを指しています。

船越義珍先生の大正14年発行の「練胆護身唐手術」には、『「唐手」空手』と連記してある箇所が、いくつか見られました。
posted by 桧垣源之助 at 12:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする