沖縄県指定無形文化財空手道保持者である沖縄小林流空手道宮平勝哉先生のところのナイハンチ二段の分解らしきものが写っています。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=507466
うちのとそっくりです。
2009年07月04日
2009年06月28日
スーパーリンペーは3分の1
剛柔流のスーパーリンペーは、壱百零八(108)という意味である。
北京読みだと、イーバイリンパーとなる。
剛柔流の型のスーパーリンペーには、36の手しかないそうだ。
108分の36は、3分の1である。
要するに、不完全なカタチで伝承されたという説がある。
「沖縄空手の真実」という本の156ページに、以下の記述があった。
「スーパーリンペーはべチューリン(百歩連)とも呼ばれる。もともとは羅漢拳や白鶴拳の型であり、かつては上、中、下の3つの型で構成されていた。現在よく知られているスーパーリンペーは上であり、剛の型で構成されている。残る2つの型も国際沖縄剛柔流空手道連盟の東恩納盛男師範によって、すでに発掘されており、発表がまたれる。」
本当かね・・・・・・・・・・・・
北京読みだと、イーバイリンパーとなる。
剛柔流の型のスーパーリンペーには、36の手しかないそうだ。
108分の36は、3分の1である。
要するに、不完全なカタチで伝承されたという説がある。
「沖縄空手の真実」という本の156ページに、以下の記述があった。
「スーパーリンペーはべチューリン(百歩連)とも呼ばれる。もともとは羅漢拳や白鶴拳の型であり、かつては上、中、下の3つの型で構成されていた。現在よく知られているスーパーリンペーは上であり、剛の型で構成されている。残る2つの型も国際沖縄剛柔流空手道連盟の東恩納盛男師範によって、すでに発掘されており、発表がまたれる。」
本当かね・・・・・・・・・・・・
2009年06月16日
2009年06月12日
沖縄空手の真実
「沖縄空手の真実」という本が出版されました。
私の本の分解を補足する部分がありました。
P35 新里勝彦(松林流)の発言
「ピンアン初段(本土では二段)もね、最初のところは受けと構えに見えますが実際は、前方の手が攻め技で、後方の手が受けとなっていて攻防の同時技となっているのです」
やっぱりね♪
でも、この人の動画では、前手で受けてますが・・・・・・
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2543231
松林流の分解
http://www.youtube.com/watch?v=S_dx8mKtE6o&feature=related
ここでも前手で受けています。
私の本の分解を補足する部分がありました。
P35 新里勝彦(松林流)の発言
「ピンアン初段(本土では二段)もね、最初のところは受けと構えに見えますが実際は、前方の手が攻め技で、後方の手が受けとなっていて攻防の同時技となっているのです」
やっぱりね♪
でも、この人の動画では、前手で受けてますが・・・・・・
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2543231
松林流の分解
http://www.youtube.com/watch?v=S_dx8mKtE6o&feature=related
ここでも前手で受けています。
2009年06月09日
あ〜ぁ、言っちゃったよ・・・・・・・
月刊空手道7月号75ページ
金城裕門下の三谷先生の記事。
・形競技と割り切る
「競技で勝つためには、格闘とは正反対の居付いた形でなければならない」
中略
「形競技とはとういうものだと、割り切って指導することが大切で、そこで独自の武術理論を展開するようでは、形競技でチームを勝たせることはできない」
**********
まぁ、事実でしょうね。
私も基本的には、同じ意見です。
ストップアンドゴーを繰り返す形の演武は、実用になりにくいと思っています。
あれは通過点であって、最終目的地ではないのです。
金城裕門下の三谷先生の記事。
・形競技と割り切る
「競技で勝つためには、格闘とは正反対の居付いた形でなければならない」
中略
「形競技とはとういうものだと、割り切って指導することが大切で、そこで独自の武術理論を展開するようでは、形競技でチームを勝たせることはできない」
**********
まぁ、事実でしょうね。
私も基本的には、同じ意見です。
ストップアンドゴーを繰り返す形の演武は、実用になりにくいと思っています。
あれは通過点であって、最終目的地ではないのです。
2009年06月08日
沖縄伝統空手 「手」Tiyの変容 2
『沖縄伝統空手 「手」Tiyの変容』という本をやっと読み終わった。
この本の内容紹介には次のように書いてある。(以下amazonから引用)
月刊空手道に連載されている『さまよへる「手」』を、一冊にまとめました。空手は沖縄が発祥の地として知られるが、本土に空手を伝えた沖縄の初期の空手家達は「本土には型は教えても手は教えるな」とのお互いの密約があったため、形だけの空手が伝わり本物の空手が日本に伝わってないとする日本本土空手界の疑問に、沖縄首里手の名門が真正面から捉えて、その本質を明らかにしたもの。沖縄伝統空手十カ条を進言。沖縄伝統空手「手」Tiyに対する理解の一助になります。
(引用終わり)
私の著書「隠されていた空手」に対する、沖縄からの返答のつもりで書いた本らしいのですが、
まったく答えにはなっていませんでした。
前編に渡って、突っ込みどころ満載で、重複をなくすと、ページ数は半分くらいになると思います。
校正もされていない、酷い本です。
時間の無駄でした。
1:琉球の中世戦国時代は素手で戦っていた。
2:第一次禁武政策により、刀剣弓矢を徴収して公庫に収めさせた。
3:空手は投げ技、関節技がなく、本土武道の輸入である。
4:空手は一子相伝で伝わってきた。
5:現在はカキダミシは犯罪になりかねないが、沖縄伝統空手は型、古武道、カキダミシのみを行なうこと。
6:後屈立ちは、対柔道用に編み出された。
7:フルコンルールは、カキダミシそのもの。
8:安里安恒(1827-1903)は、1914年に沖縄の武技について述べている。
9:師は一人のみで、他の先生には習わない。
他にも突っ込みどころ満載です。
私の本の趣旨は、「型の意味は何か」ですが、この本には、「空手には突き蹴りしかない」と掛かれており、「投げ技や関節技は本土武道の影響」と説明されていました。
この著者は、糸洲十訓に「取手」と書かれていることを知らないのでしょう。
この本の内容紹介には次のように書いてある。(以下amazonから引用)
月刊空手道に連載されている『さまよへる「手」』を、一冊にまとめました。空手は沖縄が発祥の地として知られるが、本土に空手を伝えた沖縄の初期の空手家達は「本土には型は教えても手は教えるな」とのお互いの密約があったため、形だけの空手が伝わり本物の空手が日本に伝わってないとする日本本土空手界の疑問に、沖縄首里手の名門が真正面から捉えて、その本質を明らかにしたもの。沖縄伝統空手十カ条を進言。沖縄伝統空手「手」Tiyに対する理解の一助になります。
(引用終わり)
私の著書「隠されていた空手」に対する、沖縄からの返答のつもりで書いた本らしいのですが、
まったく答えにはなっていませんでした。
前編に渡って、突っ込みどころ満載で、重複をなくすと、ページ数は半分くらいになると思います。
校正もされていない、酷い本です。
時間の無駄でした。
1:琉球の中世戦国時代は素手で戦っていた。
2:第一次禁武政策により、刀剣弓矢を徴収して公庫に収めさせた。
3:空手は投げ技、関節技がなく、本土武道の輸入である。
4:空手は一子相伝で伝わってきた。
5:現在はカキダミシは犯罪になりかねないが、沖縄伝統空手は型、古武道、カキダミシのみを行なうこと。
6:後屈立ちは、対柔道用に編み出された。
7:フルコンルールは、カキダミシそのもの。
8:安里安恒(1827-1903)は、1914年に沖縄の武技について述べている。
9:師は一人のみで、他の先生には習わない。
他にも突っ込みどころ満載です。
私の本の趣旨は、「型の意味は何か」ですが、この本には、「空手には突き蹴りしかない」と掛かれており、「投げ技や関節技は本土武道の影響」と説明されていました。
この著者は、糸洲十訓に「取手」と書かれていることを知らないのでしょう。
2009年06月07日
2009年06月02日
2009年05月31日
2009年05月26日
武士猿
ブサーザールー。格闘技ファンにとっては伝説の男である空手道開拓者の一代記。琉球新報での連載時から、沖縄では大変な話題となった。アウトローで一途な「男の生き様」を描いた伝記でもある。
廃藩置県後の沖縄。本部朝基は、琉球王家の三男として育った。幼い頃から長兄に「猿」とからかわれていた朝基は、王家に伝わる一子相伝の御殿手を習う兄に勝つため、手を始める。糸州安恒、松茂良興作などに手ほどきを受けながら、辻に立ち「掛け試し」を重ねる朝基。棒の使い手、女武士、巨漢の力士、示現流剣術の使い手らとの試合を通じ、朝基は手の本質に気がつき、腕を上げていく。一方で、大和世になってから沖縄武士、沖縄人が誇りと自信を喪失しつつあるということにも気づく。他流試合に対する批判を内外から受けながらも、唐手の実力を示すことで沖縄武士の誇りを取り戻そうと決意する朝基。日露戦争後、事業に行き詰まった朝基は、出稼ぎのため大阪へ乗り込む。目の当たりにしたのは、普及のため骨抜きになった唐手だった。手の本質を伝えるべく、大阪から東京へ、朝基の挑戦が始まる・・・。
*********
買って読んでみよう。


