古流についての見解は以前書きましたので、そちらを参照してください。
http://budo-jotatu.seesaa.net/article/128804974.html以前、Wikiの空手のページの古流(古伝)の項目に、私の名と主催する団体名が追加されていました。
しかし、何を勘違いしているのか、わざわざ消している人がいるようです。
Wikiの引用
古流空手(古伝空手)
伝統派空手のうち、競技化、スポーツ化を志向せず、古流の空手スタイルを重視する。特徴としては、伝統的な型稽古や組手稽古、沖縄古来からの鍛錬 法の重視、武器術の併伝などを挙げることができる。沖縄空手とほぼ同義で使われることもあるが、沖縄空手の中でも、特に糸洲安恒による空手近代化以前のス タイルを指して使われることも多い[19]。
古流空手もしくは古伝空手という用語自体は比較的最近のものである。1990年代以降、伝統派空手の内部から空手の近代化に批判的な論客が現れ、彼らの著作がベストセラーになるようになった。柳川昌弘、新垣清、宇城憲治である。特に2000年以降、甲野善紀らによる古武術ブームの影響もあり、古流空手への回帰論は空手言論界に大きな影響を及ぼした。こうした研究者のすべてが古流(古伝)を標榜しているわけではないが、近代空手と一線を画する論調が相互作用して一つの潮流を形成している。
空手の技法や稽古体系のうち、具体的に何が古流であるかの定義は一定ではない。空手の近代化の中ですでに失伝した技や稽古法も多く、古写真や古い 文献等でしか知られていないものもある。それゆえ、純粋な古流の継承だけに止まらず、研究者の研究に基づく古流の復元や復興、さらには古流の思想・哲学に 基づく新たな身体操作論や稽古体系の構築等の主張も含まれる。古流空手の流派には、湖城流、本部流、心道流などがある。他に空手道今野塾、松林流喜舎場塾の会派・道場がある。
引用終わり
そこで、空手における「古伝」についての見解を整理して述べておきます。
このWikiの記事には、主に2種類のカテゴリーが混在しています。
「特に糸洲安恒による空手近代化以前のスタイルを指して使われることも多い」とする部分と、
「伝統派空手の内部から空手の近代化に批判的な論客が現れ、彼らの著作がベストセラーになるようになった。柳川昌弘、新垣清、宇城憲治である。中略 古流空手の流派には、湖城流、本部流、心道流などがある。他に空手道今野塾、松林流喜舎場塾の会派・道場がある。」の部分の2つである。
ここで例に挙げられている柳川昌弘(和道流)、新垣清(松林流)、宇城憲治(心道流)、本部流、心道流、空手道今野塾、松林流喜舎場塾は、糸洲以降の流派です。(湖城流は例外)(敬称略)
もう少し簡略すると、
1:糸洲以前を古伝という
2:糸洲以降の伝統的な型稽古や組手稽古、沖縄古来からの鍛錬法の重視、武器術の併伝を古伝という。
というようになります。
これでは、古流とか古伝というカテゴリーがますます不明確になってしまっています。
これを私なりに整理すると以下のようになります。
「1:糸洲以前を古伝という」については、すでに空手黎明期の先生方(船越義珍、摩文仁賢和、宮城長順、本部朝基:敬称略)らの著書に、糸洲以前は「唐手(とうでぃ)」あるいは「手(てぃ)」として名称が公開されていますので、これ尊重してそのまま使えばいいのではないでしょうか。
わざわざ、糸洲以前を古伝空手と再定義する必要はないと考えます。
出典の元になった記事の前後を読むと、インタビュアーが古伝空手と近代空手はどう違うんですか?」とカテゴリー名を決めて質問しているので、受け答えも「古伝空手は〜」ということになっただと推測します。
「2:糸洲以降の伝統的な型稽古や組手稽古、沖縄古来からの鍛錬法の重視、武器術の併伝を古伝という。」について、例として挙げられている先生方の主張の共通項は、「型に内臓された技法・身体操作」ですので、糸洲以降かつ競技化される以前の空手を古伝とすれば、整理がつきます。
私ところもこのカテゴリーに属すると考えています。
また、ご指導いただいている、沖縄の久場、新城両先生の技術もこのカテゴリーに属します。
カテゴリーというのは、切り口によって複数の見方が存在します。
もうひとつの見方として、歴史的な分類として明治以降を近代、戦後を現代としていますので、糸洲以降は「近代空手」とし、戦後の競技化されて以降の空手を「現代空手」とすればいいのではないでしょうか。
従ってWikiにある「近代空手と一線を画する論調が相互作用して一つの潮流を形成している。」という部分は「現代空手」とすると、すっきりすると思います。
また、時代によって新たなカテゴリーの必要ができたり、名称が変わったりすることがあります。
例を挙げれば、ルールによるカテゴリーである「伝統派」や「フルコンタクト」という名称は、私が若いときにはありませんでした。「寸止め」を「伝統派」、「直接打撃制」を「フルコンタクト」と言い換えています。
どのカテゴリーを使うかは、文脈によって使い分けるものです。
私の著作も、「古伝」あるいは「古伝空手」という言葉を、ある事象を説明するときに限定的に使っていますが、あくまで説明上のカテゴリーとしての用語であって、流派名のように「古伝空手」を名乗っているわけではありません。
posted by 桧垣源之助 at 18:15| 東京

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